水戸家庭裁判所 平成9年(家イ)172号 審判 1998年1月12日
申立人 風間武
相手方 風間宏美
右法定代理人親権者母 コンサニカ・チェンライ
主文
相手方が申立人の嫡出子であることを否認する。
理由
1 当庁で開かれた調停期日において、当事者間に主文同旨の審判を受けることについて合意が成立し、その原因となる事実ついても争いがない。
2 家庭裁判所調査官○○作成の調査報告書並びに申立人及び相手方の母の審問の結果によれば、以下の事実が認めらる。
(1) 申立人と相手方の母コンサニカ・チェンライ(以下、「相手方の母」という。)とは、平成6年2月14日婚姻し、茨城県那珂郡○○村の○○研究所の社宅で結婚生活を始めた。結婚後、相手方の母が子の出生を望まなかったため、性交渉においては殆ど避妊の措置を講じた。
(2) 相手方の母は、○○製作所水戸工場で、通訳などの仕事をしていたが、平成7年7月31日、つくば市にある研究所に配置換えとなったため、相手方の母だけ牛久市内に住むようになった。申立人は、同年9月23日、相手方の母から「子の父は相田昌則だ。」と聞かされた。申立人は、「今まで避妊の措置を講じてきたので、相手方の母がいうとおり、生まれてくる子の父は相田だろう。」と思ったが、他方で「妊婦が一人暮らしをしているのは良くない。」と考え、同年10月半ば、相手方の母が申立人の住居に戻るようになった。その後、相手方の母が、平成8年3月中旬ころ、タイ国にもどり、同年4月10日、バンコク市内で相手方を出産した。
(3) 申立人は、相手方の母から連絡を受けて、相手方の出生の事実を数日後に知った。申立人は、相手方の出生届については、相田がするだろうと思って、何もしないでいたところ、国外で出生があったときの出生届及び国籍留保届の提出期限である3か月が間近に迫ったため、やむなく相手方を「宏実」と命名し、申立人の本籍地に出生届及び国籍留保の届出をなした。
(4) 相手方の母及び相手方は、平成8年6月に来日し、7月に、ひたちなか市内に借りたアパートに移り住むようになった。
(5) そして、申立人と相手方の母は、相手方の親権者を母と定めて、平成8年7月31日、協議離婚届を提出した。
(6) ところで、相手方の母は、平成7年6月ころ、申立人の大学時代の知人である相田昌則と知り合い、性的関係を持つようになった。
(7) 申立人は、相手方が自己の嫡出子ではないと考え、平成9年4月8日、本件申立てをなした。
(8) 当裁判所は、株式会社○○に対して、鑑定嘱託した。同鑑定によれば、申立人、相手方及び相手方の母の血液を採取して、DNAフィンガープリント法による検査をしたところ、申立人と相手方の間に生物学的な父子関係は存在しないとの結果が得られた。
3 当裁判所の判断
(1) 国際裁判管轄権について
我が国には嫡出否認事件の国際裁判管轄権について明文の規定はないが、申立人、相手方及び相手方の母の当事者全員が日本に住所を有しており、また、当事者双方は、我が国の裁判所で審理、判断することについて、なんら異議を留めず、本調停に出席し、前記合意をしているのであるから、本件の国際裁判管轄権は我が国の裁判所にあるものと認められる。
(2) 準拠法について
本件は、相手方の母が相手方を懐胎当時、申立人と婚姻関係にあったものであるから、申立人と相手方との親子関係の存否は嫡出親子関係の問題となり、この関係について法例上明確な規定はないが、法例17条1項は、嫡出の推定を受け、かつ、それが否認されない場合を規定しているので、嫡出否認の問題も同条によることになる。そうすると、同条により、申立人の本国法である日本法と相手方の母の本国法であるタイ国法とが準拠法となる。本件相手方の場合、我が民法772条によって嫡出推定を受け、また、タイ国民商法典1536条前段の「婚姻中又は婚姻解消後310日以内の女性から生まれた子は、その時の実情に従って、夫又は前夫の嫡出子と推定する。」との規定から、母の本国法によっても嫡出推定を受ける。そうすると、相手方の嫡出性を否認するためには、日本及びタイの法律を検討することを要する。
(3) 当事者について
嫡出否認について、日本民法774条及び775条は、夫が子又は親権を行う母に対する訴を行うと定めている。他方、タイ国民商法典1539条は、夫又は前夫が母及び子を共同被告として裁判所に訴を提起すると定めている。
本件については、子の出生当時、子の母の夫である申立人が、子を相手方、その母を相手方法定代理人として申し立てているので、当事者については要件を充たしている。
(4) 否認権行使期間について
日本民法777条では「夫が子の出生を知ったときから1年以内に提起しなければならない」と規定し、タイ国民商法典1542条は嫡出否認の訴の提起期間を子の出生から1年以内と定めている。
本件の場合、相手方の出生から1年以内に申立てがなされているため、否認権行使期間についても要件を充たしている。
(5) 申立人が嫡出性を承認したか否か
日本民法776条で「夫が、子の出生後において、その嫡出であることを承認したときは、その否認権を失う」と規定する。申立人自ら相手方の出生届及び国籍留保届をなしているが、戸籍法53条で「嫡出子否認の訴を提起したときであっても、出生の届出をしなければならない」と定めていることから、出生届は義務的であり、本条の承認にはならないと解すべきである。また、タイ国民商法典1541条で「父子関係否認の訴は、夫又は前夫が、子を自分の嫡出子として出生登録したり、出生登録する準備又は同意をした後の訴であることが明らかな場合は、これを提起することができない」と定めている。同法典の規定している出生登録は、あくまでタイ本国の指していると解すべきであり、本件では申立人がこの出生登録をしたものではないから、同条は適用されないとするのが相当である。
(6) 鑑定の結果
申立人と相手方の間に生物学的な父子関係は存存しないとの結果が得られており、鑑定手法等に疑問点はない。
(7) 以上のとおり、本件は、父の本国法である日本法、母の本国法であるタイ国法によりそれぞれ嫡出の推定がなされるところ、日本法及びタイ国法によりそれぞれ嫡出子否認をすることができる。
4 結論
よって、調停委員会を組織する調停委員○○及び同○△の各意見を聴き、本件申立を正当として認容し、家事審判法23条により主文のとおり合意に相当する審判をする。
(家事審判官 駒井雅之)
〔参考〕 タイ国民商法典(1990年改正)〔仮訳〕
「第5編・親族、第2章・親子、第1節・親子関係」
第1536条 婚姻中又は婚姻解消後310日以内の女性から生まれた子は、その時の実情に従って、夫又は前夫の嫡出子と推定する。
前段の規定は、裁判所の確定判決によって婚姻が無効となる前の女性から生まれた子、又は確定判決から310日以内に出生した子にも適用する。
第1537条 女性が婚姻解消の日から310日以内に再婚し子を産んだ場合、子は後夫の嫡出子と推定し、後夫の嫡出子でないという判決がない限りは1536条による子が前夫の嫡出子との推定はなされない。
第1538条 男又は女が1452条に反して婚姻し、そのような婚姻中に生まれた子は、あとから婚姻登録した夫の嫡出子と推定する。
女性が1452条に反して婚姻した場合、子があとから婚姻登録した夫の嫡出子でないとの確定判決がない限り、1536条の推定が適用される。
前段の規定は、1452条に反した無効な婚姻との確定判決の日から310日以内に出生した子に準用する。
第1539条 第1536条、第1537条又は第1538条により子が夫又は前夫の嫡出子と推定される場合、夫又は前夫は、母及び子を共同被告として裁判所に父子関係否認の訴を提起し、子の母の受胎期間すなわち子の出生から遡って180日から310日の期間内に母と同居していないこと、又はその他の理由により子の父たりえないことを立証して否認することができる。
もし、子の母が生存していない時には、訴訟は子だけを相手に提起できる。子の母の生死に関係なく子が生存していない場合には、裁判所は子が嫡出子でないとの申立ての請求を受ける。子の母又は子の相続人が生存している場合には、裁判所はそれらの者に訴状(request)の写しを送付し、適当と考える場合には検察官にも同様に訴状の写しを送付し、子に代わって訴訟手続を進めるか検討させる。
第1540条 (この条文は廃止された。)
第1541条 父子関係否認の訴えは、夫又は前夫が、子を自分の嫡出子として出生登録したり、出生登録する準備又は同意をしたあとの訴えであることが明らかな場合は、これを提起することができない。
第1542条 父子関係否認の訴えは、子の出生から1年以内に、夫又は前夫が提起しなければならない。子の出生から10年が経過したときは、いかなる場合も提起できない。
子が、1537条による後夫の子でないと、又は1538条による前夫の子でないとの判決が出された場合で、かつて夫だった男性で1536条により子の父と推定される者が父子関係否認の訴えを提起しようと考えた場合には、その者は最終判決が出されたと知ってから1年以内に提訴しなければならない。
第1543条 父子関係否認の訴えを提起する夫又は前夫が問題の解決前に死亡した場合は、子と共同相続権を有している者又は子の出生により相続権を奪われた者は、代理して訴えを提起し、又は故人に代わって召喚される。
第1452条 男又は女が既に別の者の配偶者である場合には、婚姻を行うことができない。